아버지に感謝

回想集を楽しく拝見しています。43年も経っているのにその当時の記憶を鮮明に覚えている投稿者さんの記憶力に感嘆しています。(多少の誇張や盛り過ぎ感はありますが)
そんな投稿集を拝見しながら、ふと何年か前に交わした아버지との会話がよみがえりました。

私も30年前に結婚、おかげさまで子供にも恵まれました。子供も東京朝高を卒業、朝大に入学、今はもう卒業して立派な社会人として働いてます。(まあ出来は良くありませんが…)
でも、ふり返ると特に高校から大学にかけて学校に払う学費や日々のおこづかいやクラブの費用や遠征費、修学旅行と金銭的には結構辛くて苦しい何年かを過ごしました。

40数年前うちは3人兄弟でした。朝大には1人寮生活の姉がいて、조고通いは兄と2人でした。

私も兄も소조に通っていたので、昼飯代500円と소조が終わって夜食というか夕飯代500円で1日に一人1,000円かかるわけで、兄も同条件でしたので二人で一日2,000円消えるわけです。
兄や姉が大学に行ってからは大学の入学金、寮費や、授業料、小遣いやら日々子供にお金がかかる訳で、私は毎日親におこづかいを要求し、毎日1,000円を消費してました。でもその一日1,000円も少ないから上げてくれと親に不満をぶつけてました。

何年か後に私も結婚。親になって子供一人をいっぱしの社会人にするのにこんなにお金かかるのか~と実感することになります。

いま思うと一人の息子を高校、大学まで進学させるのも大変な時代に、当時は3人の子供を高校、大学に通わせてたアボジ、オモニはどのような境遇だったろうと思うと、正直今の私には3人の子供をいっぱしの社会人に育てる収入もなければ自信もありません。

아버지が「お前が高校に通っていたあの当時が金銭的に一番苦しかったよ~」と言ってたその言葉に何も答えなかったけど無言で 아버지 に語りました。


「아버지、感謝してます。」
「아버지のおかげで私はまだまだ半人前だけど、아버지の손자 は立派な조선사람으로 키웠습니다」と。

挿入した画像は강준성동무の色鉛筆画を提供いただきました。

3 COMMENTS

匿名

全く同感です😢
色鉛筆画、すっご❗⤴😂👏

匿名

朝高に通ってた頃、小遣いの事でもめた時にオモニが言ってたことを思い出しました。
「お前も大人になって、結婚して子供を学校に送るようになったら、きっとオモニの気持ちが分かるよ。」あなたが言ってた言葉が今、骨身に沁みます。

野ブタ

アボジに感謝さん、身につまされる、投稿です。自分が親からしてもらったことを自分は子にしてあげられたのか?自問自答してしまいます。絵がとても素敵ですけど、彼も同窓ですか?そうだったら、存じあげなくて、ごめんなさい。

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