チマチョゴリの制服

オイラの時代は女子生徒は当たり前のようにチマチョゴリの制服を着ていた。特に夏になると衣替えするチョッサムは何か清楚な感じがして、男子たちにはたまらないものがあったな~

先ごろはウリハッキョに行かないとチマチョゴリ姿の女子学生を拝見する機会がなくなって、外から見ても日本の学生か朝高の学生かの区別がつかなくなて来た、かろうじて交わす会話の中に「あーウリハッキョの学生だな」と感じる程度で。

でも今思うと女子は相当な重圧の中で通学していたと思うなぁ。だって周囲に「私は朝鮮人です~」とアピールしながら通っているようなもので、高校3年間、中学からだと6年間、周囲の目にさらされながらウリハッキョまで通学してたんだから、特に女子は相当な気合の入れようというか警戒心を持って通学してたんだなぁ~と思うのだ。

男子などは学生服のサンペンでわかる程度(中には共和国のバッジや今でいう最高尊厳のバッジを付けてた男子もいたが)、女子のトンムたちは遠くから見ても朝高の学生だとわかる訳で、気が強い子もいればまた内気な子もいたでしょう、自宅と学校を出た瞬間から半端ない緊張感と周囲の奇異なまなざしに耐えてよくぞ通学してた。

でもそのおかげでオイラの時代はいやおうなしに民族心というか朝鮮人としてのアイデンティティーが確立されたんだし、そういう意味ではいまの朝高生は何か頼りなさ、ひ弱さを感じてしまうんだなぁ。

そこで提案だ!男子はパジチョゴリ、女子はチマチョゴリを着る!(笑)

慎吉雄校長、東京朝高だけでもチマチョゴリ復活しませんか~

4 COMMENTS

匿名

チマチョゴリを毎日着るのが当たり前だったし、時代も様変わりしたからねぇ。チョゴリ着ないとなって生徒達は随分反対したと聞きました。でも、通学途中チョゴリ切られたり、身の危険を感じる出来事が多々あって、諦めざる得なかったとか。チマチョゴリといえば、男子諸君の姉や妹がいた人はわかるかもしれないけど、それはそれは毎日涙ぐましい努力があったのですよ。冬服は毎日寝押しして。雨が降るとヒダがとれてフレアースカートみたいになっちゃうから、自分の机にスカート置いて、隣の子の机でスカートを挟んでプレスするようにして。あのエネルギーはどこにいったのかしら⁉長々とコメント、ミアン。

匿名

あの時代は当たり前のようにチョゴリは生活の一部だったんだね。投稿を読んで改めて考えさせられました。私にも姉が二人いまして家でのチョゴリの記憶は夏の暑い日に姉が帰宅すると「暑い!暑い!!」と言いながら扇風機をチマチョゴリのスカートでスッポリかぶして「あー生きかえる!」と言いながら涼んでた姉たちの姿が思い起こされます。風船のように膨らんだスカートを見てケラケラ笑ってた幼い頃を思い出しました。

匿名

私のオモニは적삼もワイシャツも糊付けしてパリパリに仕上げるのが好きだったので残った冷や飯に水を入れて煮だして、それを糊にしてアイロンでパリパリに仕上げてたよ。おかげで私のワイシャツもパリパリでよく皆に「お前のワイシャツ紙みたいだ」とからかわれていたことを思い出した。でも懐かしい時代です。

ーシンー

沢尻エリカのチマチョゴリ姿(映画パッチギ)で出て来るシーン、いつ見直しても自分はもう駄目です💦 どうしよう無くメロメロ?ヘナヘナ?です。この年齢になっても初恋気分そのもの、完全にこう言うのを虜になったと言うのでしょうね、勿論同級生皆さんのチマチョゴリ姿も綺麗で最高でしたよ。

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