梅さん本音で語る②~ボクシングの裏話

梅さんといえば、東京朝高ボクシング部の礎(いしずえ)を築かれた伝説の人物です。そんな先生に当時の裏話をお聞きしました。

ボクシングを広めるための涙ぐましい努力に感服いたしました(^^ゞ

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梅さん

初代監督としてボクシングでは後輩がみんな大切にしてくれる。良い思い出も多いよ! カンヨンドに頼まれて監督になり、そのハクセンが大学を卒業して二代目監督になり、私が教えた学生が次の監督になり、、三代続けて関係が深い監督がボクシング部を指導することになった。その辺に蒔いた種に、みんなが水と肥料を与えてくれて、自分が知らないうちに大きな組織になって、良い後輩たちが今も一生懸命、朝高のボクシング部、在日のボクシングを支えてくれている、高体連にはいろいろ愚痴を言った自負はある、でもそれを大きく、立派にしてくれた後輩にいつも感謝している。集まりに行っても大事にしてくれる。ボクシングをやってる後輩たちはみな素晴らしい!!義理堅い男たちの集まりと思っているよ!

🥊

世界チャンピョン、ホンチャンスも生まれましたね🥊⤴️😊
どれだけ在日を喜ばせてくれたか。ボクシング部の誇りの1つだと思います。

ホンチャンスのファン

今から19年前の2000年8月27日、大阪府立体育会館で世界チャンピオンになりましたね😄
まさか東京朝高から世界チャンピオンが誕生するなんて夢にも思わなかった。
東京朝高ボクシング部🥊最高!!

梅さん

在日のボクシングは、ヨンドくんが出発と思ってます。俺は高校からボクシングジムに通い始めました。国士舘にやられっぱなしで、引っ越しするしか、、、のとこまで来て、勝つには、?ボクシング!と。それで米倉ジムに通いプロテストまで行きましたよ。何回か国士舘とやりましたが、ボクシングは凄い!!!と思うほど強くなっていました。先生になってヨンドが、監督になってください。受けて、始めたら、日本の高校は練習試合もしてなかった。頭下げて、金使って試合できるよう頑張りました。その時一番の助けになったのは、チョゴリを着た、美人のウリハクセンでした。長くてごめん!、

マネージャーの母

娘が朝高時代の3年間、ボクシング部のマネージャーでした。
選手を支えるための貴重な3年間で沢山のことを学べました。
(試合前の減量期間は、自分もご飯が喉を通らないと言っていたのを思い出します。)
今でも年一回集まって親睦会をしているようです。
ファン先生の並々ならぬ努力の話、数々の伝説…
そのまま娘に伝えたいと思います( ◜‿◝ )♡

梅さん

マネージャーのオモニですか!人数が多い学校だとこんな偶然もあるのですね! 私の事は今の在日のボクシングに関わる人たちは、みんな大事にしてくれます。それだけで現役時代の苦労を忘れて良い思い出に変わっていく事が実感できます。今の役員達が良い子ばかりな子なんていうと怒られるかな?高体連に入る門戸を開いたという自負はあります。労力もお金もたくさん使いました。でもそれ以上の喜びがいつもあります。その辺に蒔いた種に、みんなが肥料と水をやっていつか知らぬ間に、大きな立派な組織になりました。あなたの娘さんもその一人、うれしいことです。

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